きっかけは、パウル・クレーである。川村記念美術館のパウル・クレー展の宣伝物を依頼され、アイデアを思いめぐらせている。パウル・クレーは線が魅力である。勝ち負けではないが“勝てない”とは思うが、僕も線でいきたいという思いが強くなる。どうしたものかと考えあぐねいていると、急に針金が頭に浮かぶ。それも錆びた針金だ。形を作る事は出来るが、きっとうまくいかないだろう。ということは、パウル・クレーがやってもそうなのだ。僕がパウル・クレー になりすまし、旅に出て、美しい景色に針金でサインをするというストーリーを考えた。その場にある風化した針金を拾ってパッパッと自分のサインをつくり、写真をパチリ、友人に送る。気分はパウル・クレーである。文字をつくる時、あーでもないこーでもないと時間をかけてやっていると、いい感じがサーッとにげていく。不思議だ。
パウル・クレー以降も味を占め、ANBD(ASIA Network Byond Design)、JAGDAのRomance展、TOKYO AWARDS“ARIGATO”で針金を使った。なかでもRomance展は、はじめてのMOVIEである。ミーナの「砂に消えた涙」を聴きながら、伊豆の砂浜で、Romanceという文字を5分位でつくった。ただし針金は、 officeのベランダに雨ざらしにしてあった5年の年期もので針金自体に風格がある。どんな下手な文字でも“もつ”のである。波の満干をただひたすら待つ。カメラマンは長沢慎一郎氏である。一番初めのパウル・クレーから撮ってもらっていて、「グッとくる感覚」を共有しているのでとても楽だ。最近の「ARIGATO」は無精をして、 文字だけつくっておいて後は預けて撮ってもらうことにした。それでも、自分で手を錆び錆びにしてつくった甲斐があって、いい写真になったと思う。
自分の思ったようにならないのは世の中の常である。デザインも、その位の方が迫力があるような気がしてならない今日この頃である。